閉鎖します。移転します。

2009年9月10日

webAGORAが閉鎖することになったので、こちらのブログは移転します。ていうか、なんで自分のサイト持ってるのに、ずっとこっちで更新してたんだろう。ともあれ、新しいブログはこちら。

これまでここで書き散らかしてきたエントリもそっくりそのまま移転しました。ひきつづき書いたり、書かなかったりだと思いますが、新しいブログもよろしくお願いします。

それと、閉鎖にともない5年弱ぶりデジオをやります。しかも生放送。さらに公開収録。野上くんとの対談形式でwebAGORAについて語り合いたいと思っています。

で、例によってみなさまからのおたよりお待ちしておりますので、ふるってお送りください。最終的にこのときの対談をベースに1本記事をつくって、それをもってwebAGORAはおしまいにする予定です。

そういえば

2009年7月24日

7月18日は、東京文化発信プロジェクトの東京アートポイント計画と Central East Tokyo (CET) のコラボレーションプロジェクト「CET090718」に「映像作家」という肩書きで参加していました。

大学1年生のときに当時クラスメートだった STYLEZ OF LARK の片柳氏 a.k.a. KATAYABURIとともに歌舞伎町でビデオカメラを回し、その結果、マフィアとポリスに追われるという出来事があって以来、映像という表現とは距離を置いてきたので、ごめんなさい、こういうときどんな顔をすればいいかわからないの。

ともあれ、自分ができることもそんな多くはないので、結局はハードディスクにあるインターネットからダウンロードしてきたいろいろな映像を DivX 形式に変換して、それをを切り刻んでつないで、datamoshing(ファイル中の I-frame を破壊)し、そうやってできた大量の映像のタイムラインを操作するというアプリケーションをつくって現場であうあうしてました。
幸いにしてアプリケーションがフリーズしない程度に徐々にバグり、終盤はなかなか渋めの映像になったような気がします。

情芸

2009年7月22日

大島先生のブログ(これこれ)を見て、その後、誘われるままインターネット上の某巨大2ちゃんねるの該当スレを見た。

2ちゃんねるの美術系学校板に訪れるのもかれこれ数年ぶりなので、板全体で起きている些細な出来事にも驚いてしまうのだが、ことたまびのスレッドに着目してみると、いくつか驚いた(というか新鮮に映った)点があった。

まず、情報芸術コースについて「情芸」という呼称がある程度定着しているように見える点。研究室周辺の大人たちだけが高校生ウケを狙って言っているのかと思っていた。個人的には非常にダサい略称のように感じているのだが、これを良しとする20歳前後の人たちに25歳の感性を振りかざしたところで、それが何も生み出さないことくらいは自分でも分かる。

また、「情芸」と個別の呼称を付けられていることから明らかなように、情報デザイン学科に情報デザインコースと情報芸術コースの2つのコースがあるという事実がそれなりに認知されているようだ。自分が学生だった数年前の時点では、専攻名に「コース」とあるため、グラフィックデザイン学科における広告コースや、アニメーションコースのようなクラス分け程度の認識しかなかったように思う。絵画学科日本画専攻と油画専攻のような「専攻」という名称だと実態と齟齬がないのだが、このあたりは色々と手続き上難しい点なのであろう。

ともあれ、時代が進み、多少は情報デザイン学科に対する理解が深まったようだ。情報デザイン学科は学内において歴史が浅い、などとよく言われるが、それでも設立から既に11年経過している。これくらいの理解は当然といえば当然か。

しかし、この大学に4年間通っていたが、この手のスレッドにああいうことを書き込むような学生像が大島先生くらいしかイメージできない。それくらい、学内にはそういうタイプの人間が少ないような気がする(でも、VIPPERは多いと思う)。

ごいすー

2009年3月25日

イチローくん(板東英二風に)すごー。

比較対象として適切なのかよくわからないが、2001年5月場所の貴乃花と武蔵丸の優勝決定戦の取り組みを思い出した。あのときの貴乃花も人智を超えた何かが取り憑いてしまったようになっていて、家族で戦慄したのをよく覚えている。情報メディアや、コミュニケーション技術の発達によって、伝説とか英雄とか、そういった出来事がほとんど起きづらくなってしまった現代だと思っていたけど、それでもやる奴はやっぱりやるんだという、ベタだけどとてもビックリ。

えーっと

2009年3月21日

1月の末に島袋さんとお話をしたこととか、2月にあった大学入試のこととか、d-laboの「図書館は視えなくなるか」のこととか、あと新しい時代の図書館研究会でおしゃべりしたこととか、3月に大学院生の展覧会でおしゃべりしたこととか、いろいろ書きたいことはあるのですが、ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね。

それはそうと、裏原宿でやってるChim↑Pomの展覧会のオープニングに行ってきた。広島市現代美術館で展示することができなかったふたつの作品が展示されている。

当たり前なんだけど両方ともかなりサイトスペシフィックな作品で、平和記念公園から歩いて20分くらい離れた広島市現代美術館で展示しないと意味が出てこなさそう。広島で見たかった。それくらい、「作品」そのものは素直で弱い印象。ただ、この日買った「なぜ広島の空をピカッとさせてはいけないのか」は臨場感があるつくりでなかなか面白い。これを世に出せたというだけで十分意味があったんではないだろうか。

25

2009年3月4日

というわけで数日前に25歳になりました。
「余生」としての生活も丸10年が経とうかというところで、だいぶ心も穏やかになってきたような気がします。

ビッグイシュー

2009年1月27日

ワタリウム美術館で開催中の島袋道浩さんの個展「美術の星の人へ」では、美術館の外で2種類のアーティストブックを買うことができる。買う方法は、ビッグイシューを売るホームレスのおじさんに声をかけること(「象のいる星」)、そして、外苑前と表参道の間にある都営アパートでお店を出している移動式の八百屋さんに声をかけること(「トマト七星」)。

自分が行った日には八百屋さんがお店を出していなかったものの、ホームレスのおじさんは外苑前の駅前で元気にビッグイシューを売っていた。ビッグイシューを売るおじさんに声をかけるなんて、ビッグイシューが日本に上陸して以来だから5年ぶりくらいか。

本当にアーティストブックなど売っているのかな——少し緊張をしつつも、おじさんに
「『象のいる星』ください」
と声をかけた。すると、おじさんは表情をそれまでと少し変えて
「お待ちしておりました」
とつぶやき、おもむろにビッグイシューが収められているカバンより少しだけ上等なカバンからキレイなアーティストブックを取り出した。そして、代金300円をおじさんに払うと、おじさんはとつとつと島袋さんのことや、アーティストブックを販売するというプロジェクトのことを話してくれた。こちらも島袋さんに図書館にてレクチャーをお願いしていることもあり、いろいろと話に花が咲いた。

と、同時にワタリウム美術館で展示されていた島袋さんの作品が、なにか強い結びつきを持って立ち上がってきたように思えた。島袋さんの作品の背景には、自分が体験したような緊張と、それが穏やかにときほぐれるような対話がいつも繰り返されているのだろう。まるで、劇場で演劇を見ていたら、いつの間にかステージに引き上げられていたような絶妙な体験だった。

ぼんやり

2009年1月3日

紅白見てて、ジェロや氷川きよしの歌で涙を流していたのですが、『帰ってきたドラえもん』にせよ『おばあちゃんの思い出(ドラえもん)』にせよテレビで泣いてちゃダメだよなー。

ぼんやりしすぎて

2008年12月29日

わけ分からないことを言ってしまった。

ところで、こないだGANGU Projectに行ってきた。
なんか、結構疲れてたせいか、肝心な質問をしていなくて、たとえば、5000円のおもちゃをつくるには、原材料費をどれくらいの価格にまで抑えないといけないのか、とか、対象年齢は何歳から何歳までか、とかそういうのを忘れていた。

全体的にとてもよくできていて、これまでのような (?) 紙にスケッチ + マーカーレンダリングしながらアイディアフラッシュを重ねて行くようなものではなく、ハードウェアスケッチというテクニックを基盤にした新しいプロダクトデザインの試みだったと思う。

GANGU Project を見て思ったのだが、おもちゃをつくる上で重要なのは思い切った捨象で、変に固定化した機能を与えると「飽き」が来てしまう。子どもなどは別におもちゃ屋で買ったおもちゃを与えられなくても、自然にあるものをおもちゃに見立ててしまうわけで、そこに割って入るためには、表層的なギミックではない、さまざまなルールに属することができる多相性なのかもしれない。見当違いかもしれないけど。

ぼんやり

2008年12月29日

唐突だが、自らの特権を解体し、民芸つーか民具への回帰の傾向を見せないデザイン分野は破滅すると思う。というか破滅しないかな〜。