とくに石黒ユウ子『※』だと思う。
2年次以降の作品から知っているし、今回の卒制の制作プロセスを見てきたから、なおさら本人の高い精神性の発露が輝かしく、そして感慨深く映る。この人はいつも、自分を良い意味で裏切ってくれて、「あぁ、そういう考え方もアリか」と感動する。
後期の講評会のとき、※(米の塊)の上にモニターを乗せて、プロセスをスライドショーで提示していた。
それがなんとも惜しかった。この、米を集め、しかし乾燥してひびが入り、そしてそれを埋めていって、というプロセスが収められた映像は作品にとって絶対必要なんだけど、どうしてもモニターというモノは邪魔だった。邪魔、というか、モニターという存在に殺意を抱くレベル。このモニターは※に対して大変に失礼である、とかそんな怒り。だって、モニターはまだ、ベルトコンベアに乗って流れ作業で出来上がっただけなんだから。※のプロセスを表示するには、あまりにもプロセスが足りなすぎる。
死郎さんは、「こうすりゃいいんだよ」といって、※を持ち上げて、その下にモニターを差し込んだが、それも何か違う。みんな怪訝な顔をしていたが、死郎さんもなんとも言えない惜しさを感じて、とっさにとった行動だと思う。
一連の今年の卒制のことを思い出すたび、この作品の映像は必要なんだけど、モニターは邪魔という問題を考えていて、じゃあプロジェクターか?たとえばどういうプロジェクション?とかいろいろ考えていた。
それで、今回の卒制展、作者本人が※の上に乗って、紙芝居(人力スライドショー)をしていた。また、「あぁ、そういう考え方もアリか」と思った。本当はもっとあるんだけど、もういいや。
そういえば、彼女、3年生のあるとき、研究室の前の就職関連の掲示を見て、立ち尽くしていた。声をかけると、こう言った。
「リクナビで『楽しいこと』で検索しても何も出てこないんです!」
グサッとささった。