とはいえ、水野渚『メゾン・ド・エレクトロニクス201』も捨てがたい。
彼女が送る、独特の腐敗臭漂うデカダンスな生活がそのままこちら側へとはみ出てしまったような作品だ。
前に彼女に今後の作品の展開について聞いたことがある。すると、彼女はこう答えた。
「ケツから充電できるような、電力化に対応したインターフェースをつくる」
もしかしたら、「つくる」のではなく、彼女が「なる」だったかもしれない。
家電製品やコンピュータのおかげで、無限遠方まで生きながらえてしまいそうな日々。徐々にアパートの一室の日常空間が均質化し、出来事が減少していく。そんななかで、唯一均質化しなかったもの、それは自らの身体ではなかったか。
どうしても、ご飯を食べるためには冷蔵庫を開け、食べ物を取り出し、電子レンジを開け、それらを温めなければならない。暑ければ冷房をつけ、寒ければ暖房をつけなければならない。インターネットの海でエロ画像を探すにも、マウスやキーボードを操らねばならない。
そうした自身をとりまくプロセスを極限まで削り、ただ堕落するために、自らに家電を実装し、アパートの一室と同一化を図ること、それが彼女の目指す地平なのかもしれない。違うかもしれないけど。
個人的には、自分は彼女と同じアパートの住人(自分の斜め上が彼女)なので、どんな風に太陽が昇って沈むか、とか冬の寒さや夏の暑さ、近くのラーメン屋や近くのコンビニなどアパートをとりまく雰囲気はよくわかる。早朝にジャンベを叩いてK札を呼ばれた水野さんも、もう引っ越しかと思うと一抹のむなしさもあるっちゃあるし、ないっちゃない。
あと、「謝恩会は何着ていくの」と聞いたら、(以下自主規制
捕まらないでほしい。